海に眠るダイヤモンド
最終話後編(10話)記憶は眠る
12月22日(日)放送分
趣里さんが主演するNHK連続テレビ小説(朝ドラ)「ブギウギ」(総合、月~土曜午前8時ほか)で菊地凛子さんが演じている歌手の茨田りつ子が話題だ。りつ子のモデルは「ブルースの女王」といわれた実在の歌手、淡谷のり子さん(1907-1999年)。1月5日に放送された第66回でりつ子が、10代の若き特攻隊員たちの前で歌う場面があったが、これは淡谷さんの実体験をベースにしている。淡谷さんの足跡を紹介するとともに、菊地さんのりつ子役に懸ける思いを制作統括の福岡利武さんのコメントをもとにひも解いた。
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「ブギウギ」は、「東京ブギウギ」や「買物ブギー」などの名曲を歌った戦後の大スター、笠置シヅ子(1914~85年)が主人公のモデル。激動の時代、ひたむきに歌と踊りに向き合い続けた歌手の波瀾(はらん)万丈の物語で、原作はなく、登場人物名や団体名などは一部改称し、フィクションとして描く。
りつ子のモデルとなった淡谷さんは1907年8月12日生まれ、青森市出身。東洋音楽学校ピアノ科に入学後、オペラ歌手を目指して声楽科に編入し、1929年に首席で卒業。同年春の「オール日本新人演奏会」で歌い、“十年に一度のソプラノ”と絶賛された。
卒業後も音楽学校の研究科に籍を置き、クラシック歌手として活動するも生活が成り立たず、1930年にレコードデビューして流行歌を歌うようになる。翌年、レコード会社をコロムビアに移籍し、古賀政男さん作曲の「私此頃憂鬱よ」をヒットさせる。一方でシャンソンやラテンなどを日本語で歌う先駆者として多くの曲を録音した。
そして1937年に、服部良一さん作曲の「別れのブルース」が大ヒット。翌1938年には「雨のブルース」もヒットし、“ブルースの女王”と呼ばれるようになる。笠置さんとは戦前から戦中にかけて、同じコロムビア専属歌手として交流を深めた。
戦後は歌手として長く活躍。1953年の「第4回NHK紅白歌合戦」に初出場した。1980年代に入ると、フジテレビ系「ものまね王座決定戦」に審査員として出演。その毒舌が話題になった。1999年9月22日に92歳で死去。
劇中では、服部良一さんがモデルの羽鳥善一(草なぎ剛さん)が2人に曲を提供している関係で、同じステージに出演することも多く、スズ子とりつ子は歌のスタイルは違えど、良きライバルとして切磋琢磨(せっさたくま)していく。
「ブルースの女王」と呼ばれたりつ子は、終戦間近の鹿児島の海軍基地で慰問公演を頼まれる(1月4日放送の第65回)。「軍歌は歌えるか?」と注文を出されたり、服装について注意されたりしたが跳ね返したりつ子は、特攻隊員たちの聴きたい曲に応えることで出演を了承する。
公演当日、りつ子が隊員からリクエストされた「別れのブルース」を歌い終えると、若い隊員たちが一人一人立ち上がり、「勇気づけられました!」「もう思い残すことはありません!」「迷いはありません!」「良い死に土産になります!」「晴れ晴れといけます!」「覚悟はできました!」と口々に思いを伝えた。りつ子はいたたまれない気持ちになり、ステージを駆け下りると、舞台袖で泣き崩れた。
このシーンについて、福岡さんは「皆さんが知っている(淡谷さんの)有名なエピソードですし、ドラマでもぜひやりたいと思った」と盛り込んだ理由を語り、「特攻隊員(のキャスト)もすごく丁寧に選びました」と繊細に作り上げていった。
撮影に当たって、菊地さんは「普通のお客さんではないところで(歌う)」という「より一段と複雑な思い」を表現する場面でもあり、「当日、すごく緊張されていた」と感じた。
菊地さんは撮影時、「こういう若い方たちが、実際のエピソードだと歌の途中でも出発していた。本当につらい場面だし、一生懸命背中を押して良いのか悪いのか複雑な思いですね」とりつ子の心情に思いを重ねていたという。
こうして撮影された場面について、福岡さんは「特攻隊がみんな良い顔していた」ため、歌う場面で菊地さんも「良いお顔で(ステージに)立ってるなと」と手応えを感じた。
戦後、劇場が再開すると、りつ子はスズ子と同じステージに上がる(1月10日放送の第69回)。戦争が終わっても若き特攻隊員たちの言葉が耳から離れず、心に傷を負っていたりつ子は、スズ子に「私の歌に背中を押されて、あの子たちは死んでいったかもしれない。悔しかったわ。だって、歌は人を生かすために歌うもんでしょう? 戦争なんて……くそ食らえよ!」と怒りをあらわにする。
ステージに立ったりつ子は、「このような(平和な)日々がどこまでも続いていきますように」と観客に呼びかけると、飛び立っていった特攻隊員たちを思い、「別れのブルース」をフルコーラスで熱唱し、涙を流した。
「まるで淡谷のり子さんが乗り移ったかのよう」と視聴者が反応したこの場面。「りつ子の思いをしっかり乗せるにはフルコーラスで歌わないと行き着かない」とスタッフみんなが感じていたという。
福岡さんは「菊地さんは現場でいろいろなアイデアを持って」演じていたといい、「2番になるとぐっと前にいく、そんな気持ちで歌われて本当に素晴らしい」と感じ、「菊地さんのここでの思いはすごく熱くて、本当に良い場面になったなと思いました」と手放しで称賛する。
「男女の別れの歌なんですけれど、いろんな別れ、そして再出発する話をこの歌でもって来られればいいなと思っていましたので、本当に歌がしみるなと思いました」といい、「菊地さんに本当に良い表情で歌い上げていただいた。スタッフも『別れのブルース』にしみ入って聴いている人が多かった」と現場の様子を振り返る。
歌い終えたりつ子は 出番を待つ舞台袖のスズ子に「今度はあなたの番」と晴れ晴れとした笑顔を見せる。台本は「笑顔には触れられていない」といい、「そのときの菊地さんの思い、歌い切った、あの歌のシーンに懸ける思いが強かったので自然と出たのではないか」と福岡さんは思いをはせる。
出演が決まったとき、淡谷さんの著書や文献を調べ、「はっきりした考えをお持ちの偉大な女性だと感じた」という菊地さん。墓参りもし、「一生懸命演じるのでどうか怒らないでください」とあいさつもしてきたという。並々ならぬ覚悟でりつ子を演じている菊地さんは、「別れのブルース」のフル歌唱で、「単なる物まねで寄せてるのではなく淡谷のり子さんの魂のようなものも表現しているように感じた」「『別れのブルース』を菊地凛子のものにしてしまった」「すごくすごく、伝わった」と視聴者に感じさせる“魂の演技”を見せた。
パワフルなスズ子に元気をもらい、これまでにない笑顔を見せたりつ子と、演じる菊地さんのこれからの活躍に目が離せない。
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