ファインディング・ドリー:世界観はこうして作られた アートディレクターらが語る舞台裏

ピクサー・アニメーション・スタジオで「ファインディング・ドリー」の作品世界について語ったスティーブ・ピルチャーさん(プロダクション・デザイナー、左)とドン・シャンクさん(アート・ディレクター)
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ピクサー・アニメーション・スタジオで「ファインディング・ドリー」の作品世界について語ったスティーブ・ピルチャーさん(プロダクション・デザイナー、左)とドン・シャンクさん(アート・ディレクター)

 2003年に公開され大ヒットした「ファインディング・ニモ」の続編「ファインディング・ドリー」のMovieNEX(ブルーレイディスクとDVD、スマホで本編が見られるデジタルコピー、購入者限定のスペシャルサイトのセット)がリリースされた。米カリフォルニア州エメリービルにあるピクサー・アニメーション・スタジオを訪ね、今作の世界観を作り出したプロダクション・デザイナーのスティーブ・ピルチャーさんとアート・ディレクターのドン・シャンクさんに設定やデザイン、色遣いなど製作の舞台裏について解説してもらった。

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 ◇忘れんぼうのドリーが主人公

 「ファインディング・ドリー」は物忘れの激しいナンヨウハギのドリーが主人公。前作「ファインディング・ニモ」で、カクレクマノミのマーリンと出会い、人間にさらわれた彼の愛息ニモの救出劇に一役買ったドリー。今作は、その冒険から1年後、グレートバリアリーフのサンゴ礁で幸せに暮らすドリーが、今度は、ニモとマーリンの助けを借りながら、自分の家族を探す旅が描かれている。

 ◇大きく四つのセットに分けられる

 スティーブ・ピルチャーさん (以下SP):映画のビジュアル面をオーガナイズするためには、作品のデザインをセットごと、環境が変わる部分で分けるのが有効です。この作品の場合、大きく四つに分けられました。サンゴ礁、外洋、海藻の森、そして海洋生物研究所のある人間界です。

 サンゴ礁は主に丸い形でできています。外洋は水しかありません。何もない世界です。こういった環境はキャラクターの感情に影響します。何もない外洋は孤独で怖い世界というイメージになります。先ほどのサンゴ礁の丸い形は家のイメージです。カムフラージュになるので隠れる場所もあり、優しい環境です。こういったデザインのツールをうまく使えば、より感情に訴えるイメージや場面を作ることができるのです。

 ですから最初に、基本的なデザインを考えるわけです。三つ目は海藻の森です。ここにはリズム感のあるモチーフを使っています。四つ目は角張った人間界ですので、丸やそのほかの世界とは正反対です。デザインをする際にはこのようにそれぞれの環境に明確なコントラストをつけることを考えます。そうすることで、より観客の記憶に残り、キャラクターがその時どこにいるのかを理解することができます。

 ◇感情を表す色遣い

 次に独特なカラーパレットの工程について説明します。レインボーカラー、たくさんの色が使われているのは家の場面です。カラフルな魚もたくさんいて、カムフラージュになりますから、彼らにとってとても安全な場所です。外洋は夜でも昼でも青です。違った彩度の青で表現します。海藻の森は主に緑です。そして人間界は地球の色です。石やガラス、プラスチック、金属など、水とは全く異質なものです。ですからキャラクターがぴったりなじむ場所もあれば、浮いてしまう場所もあるわけです。一番(キャラクターにとって)良い環境はレインボーカラーの場所ですね。彼らの家です。こういったことを考えながら作品の色やデザインのモチーフを決めているのです。こういうものがあると、他の人たちも共有して使える情報となります。

 作品の中の楽しい部分と悲しい部分を表すカラーチャートが存在し、特にドリーの感情を色で表しています。例えばドリーが一番つらい思いをしている、(ベビー・)ドリーが岩の陰に隠れて、青く暗い夜の海に一人ぼっちでいる場面がありますが、デザインやカラーなど、悲しさを表現する青色が当てはめられることになります。また作品を通して水の色を変えることで単調にならないようにしています。作品全体のカラースクリプトを見ると、例えば最初にドリーは暗い海にいますが、クライマックスになると明るく太陽が降り注いでいるようになります。カラーチャートで緑になっている部分は海藻の森の場面かその近くにいるということです。こうして作品全体のイメージを作り上げていきます。

 それぞれの具体的なデザインについて、魚たちがエイの大群の移動を見物しているラフスケッチがあります。岩にはもっとたくさんのサンゴが必要でしたのでサンゴのデザイン画を描き、模型を作りました。岩肌が見えているところもたくさんあります。この場面に色をつけると、完成した作品で皆さんが見るものになります。こちらは海藻の森です。海底の絵で、とても暗いです。水面に近づいていくとこうなります。

 この後の海洋生物研究所についてはドンからご説明します。

 ◇海洋生物研究所のセットについて

 ドン・シャンクさん(以下DS):コンセプトスケッチを20ほどさっと描いて、最初に監督たちに見せ、どういったものを入れるべきかを決めます。通常はこの後にもっとディテールを描き込んだスケッチを描きますが、「ファインディング・ドリー」ではセットのモデルを作りました。監督たちがカメラの動きや機能を想定してデザインを決めたいと希望したため、セットを作ることによってカメラの動きや角度を見ることにしました。

 それから通常はプリビジュアライゼーション(プリビズ)と呼ばれている、記号化の過程に進むのですが、今回はすべての部分のセットデザインを作りました。それをつなぎ合わせて海洋生物研究所の施設全体のセットデザインを組み立てました。このセットを基にデザイン画を描き、色をつけて、生活感や古さといったディテールを入れていきました。

 リサーチで撮影した資料写真などを基にどのようにセットを作るべきか、かなり具体的な情報を得ました。かなりの量の写真を撮ってきて、本物らしく感じられるようにデザインを作るための参考にしました。先にセットを作ったので、作品の中での動線などは全員が理解していました。そのセットの上に色彩担当者が色をつけて、リサーチで得た本物のようなディテールを加えました。カラーパレットでいうと、地球の色です。コンクリートやガラス、金属、プラスチック……などがセットの色になります。ここにキャラクターが入ると浮き彫りになる形です。

 タッチプールのコンセプトスケッチはとてもシンプルなもので、基本的なアイデアを表しました。タッチプールのセットは変わった形をしていますが、適当に決めたわけではありません。ストーリーボードを細かく見て、すべてのショットに必要なことができるようにタッチプールのデザインを考えました。

 SP:カラーキーは照明の部署の人たちのために作っています。照明を決める時の指南書となります。こういうものを300から400くらい作り、照明が変わる場面やムードが変わる場面の指示をしています。

 例えば青い部屋があります。たった2秒くらいしか映りませんが、この部屋の中を動き回れるほどに細かくデザインしています。映っている2秒が真実味をもって見えるようにするためなのです。実写と違ってアニメーション映画はすべてを一から作らなければなりません。むだはできませんが、ここは映らないからと決めつけて手を抜くことはしません。

 ◇解説後の質疑応答

 ――照明の部署の話をされましたが、ピクサーにあって他の会社にはないような部署はありますか。

 SP:(照明の部署は)CGの会社にはだいたいあるのではないかと思います。私はドリームワークスやディズニーでも仕事をしたことがありますが、ショットには照明の部署が必要です。とても時間がかかる作業ですので、専門に手がける人が必要です。

 すべての会社を知っているわけではないですが、だいたいどこの会社も同じような部署を持っているのではないかと思います。やっていることは同じですから。もしかしたら少し形態が違っていたり、他の部署と兼任されていることはあるかもしれませんが。どの会社もある程度はピクサーと同じようなことをしていますが、ピクサーが特別なのは、それらの部署間のコラボレーションがとてもうまくいっていることでしょう。会議をしなくても、廊下で話しただけで決断ができたりします。横とのつながりがうまくいっています。ピクサーでは同じ作品に関わっているチームは家族のようです。そのくらい強くつながっています。

 ――レインボーはカラフルですが、海の色はかなりリアルに感じます。リアルさの追求とアニメーションならではのデフォルメのバランスはどのように考えていますか。

 SP:我々は常に現実を取り入れて表現しています。色もデザインもそうです。その過程で現実を単純化したり逆に増幅させたりします。言い換えると、より感情に訴える方法を取るのです。写真のようなリアルな映像を作っているわけではありません。あまりにもリアル過ぎると感情への訴えをなくしてしまったりします。私個人は写真のようにリアルなものを取り入れることはありません。そのやり方がうまくいっているように思います。

 もちろんどういう作品かにもよると思います。コメディー作品ならかなり色で遊ぶことはできるかもしれません。しかし、深みのある厳粛なムードや落ち込んだ感情などは表現できないでしょう。そういった場面では色調を落とすしかなくなります。このように、いろいろと遊べる要素はあると思います。

 ――海洋生物研究所の隔離部屋のデザインの基となった写真はどこかの水族館で撮ったものでしょうか。

 DS:多くの資料写真をモントレー・ベイ水族館で撮りました。他にもいくつかの水族館を訪れました。サンフランシスコ内やバンクーバー、シカゴなどにある水族館です。似ている部分もたくさんありましたが、違う部分もありました。この作品では意図的に戯画化せず、一方で写実的にもせず、本物に近い真実味のあるデザインを選びました。いろいろな水族館で見たものを3Dでコラージュしたといったところです。実際にありそうなデザインでありながら、モントレー・ベイ水族館の中のどこかにあった部屋をそのまま描いているというわけではありません。

 ――色のコントラストを決める時に、場所とストーリーが密接に関係すると思いますが、脚本担当とどれくらい密接に相談しているのでしょうか。また、それを決めるタイミングを教えてください。

 SP:すべては監督たちと一緒に決めています。作品全体を通しての色の変化を考えます。そのあとで細かいシーケンスを詰めていきます。常に監督と相談しながら、同じ感情を繰り返さないようにします。ニュアンスが大事な作業です。

 その段階で脚本の内容はほぼ決まっていますが、途中で変わったりもします。そこで感情のチャートが役に立つのです。脚本が変わっても、基本的な感情の動きは変わりません。下に落ちている時が途中にあって後半に上がる時がある、というところは同じです。もちろん途中で変わるので、全体の流れに沿ってざっくりとしか決めないのです。このへんが暗くて、このへんが明るくて、もっと強い青がこのへんに出てきて、という具合です。

 ――カラーチャートについてもう少し詳しく教えてください。

 カラーチャートは、作品がどのように進んでいくかをデザインするためのアイデアです。また監督がムードを決める時の指針にもなります。「ファインディング・ドリー」のアンドリュー(・スタントン監督)は観客が一緒に体験しているように作りたい監督なので、感情を表すためチャートが役立ちます。我々は水を定型化して描きましたが、誰もが水がどう見えるか分かっていますから、うまくできなければ人工的に見えてしまう部分でした。ですが、この作品ではすべて定型化して描いたのです。それが「ファインディング・ニモ」との違いです。ですからまずは最初にある指針を決め、それを基に最も良い選択をしていくのです。

 発想がとっぴで、創造性に富んでいればいるほど、自由にデザインを考えることができます。例えば別の惑星が舞台となっていたら、照明も重力もキャラクターさえも想像上のものです。ですから、まずはアイデアを考えるところからなのです。または、現実世界で起こっていることを表現する場合もチャレンジがあります。我々はそういったチャレンジが好きです。創造性への挑戦ですから楽しいですよ。

 ――作ったけれど使われなかったデザインもあるのですか。

 DS:すべてのショットに少しずつそういうのはあります。ストーリーは製作過程でかなり変わるので、変更があっても、よほど大変なことでない限り、あとでなんとかできます。例えば家のデザインをしていたとして、風呂場のデザインは決めていなくても場所だけは確保してある。もしストーリーが変わって風呂場が必要になっても、元のデザインを壊して作り直さず、なんとか押し込めるのです。一方で、最後になってカットされるシーンもあります。駐車場のシーンは車が止められるようにデザインを考えていましたが、使われませんでした(笑い)。

 ――普段リアルな景色を見ているからこそデザインなどに生かせるのだと思いますが、旅行などで頭にストックしているのか、作品に取り掛かる時にリサーチするのか、どちらでしょうか。

 SP:常に吸収しています。ただ、作品が決まったら、ストーリーの内容はかなり変わるかもしれませんが、初期のアイデアは分かっています。そこで最初にリサーチ旅行に行きます。でも作品を作っている間、ずっと(情報を)吸収しています。

 DS:いつも冗談で言っているんですが、作品が出来上がった時に完璧な資料を手にしている、と(笑い)。いつも大量の写真を撮らずにはいられません。今は携帯で写真が撮れるので、何か面白いものを見つけたらすぐに写真を撮っておくようにしています。先日消防車がこの近くに止まっていたので写真を撮りました。何がヒントになるか分かりません。休暇の時にもたくさん写真を撮ってきて、仕事で使えることもあります。ですので、両方ですね。

 SP:それに我々はアーティストなので、ピクサーでの仕事以外にアート作品を作っていたりします。ですから常にそういう作品のことも考えています。「ファインディング・ドリー」のことでなくても何かしらインスピレーションを受けるものがあります。

 (取材・文・撮影:細田尚子/MANTAN)

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