息をひそめて:コロナ禍のささやかな日常描く意欲作 配信での勝算は

「息をひそめて」プロデューサーの中村好佑さん(左)と、エグゼクティブプロデューサーの長澤一史さん
1 / 14
「息をひそめて」プロデューサーの中村好佑さん(左)と、エグゼクティブプロデューサーの長澤一史さん

 動画配信サービス「Hulu(フールー)」で配信中のオリジナルドラマ息をひそめて」。コロナ禍の2020年を舞台に、斎藤工さん、夏帆さんら実力派俳優を起用して、東京・多摩川沿いに暮らす人々のささやかな日常を描き上げたオムニバスストーリーだ。配信サービスのオリジナル作品といえば、高い制作費を費やした大作や、地上波では放送できないような過激なストーリーのものも多い中、丁寧な作りながら、一見地味にも見える同作は異彩を放っている。企画の意図と勝算を、プロデューサーの中村好佑さんと、エグゼクティブプロデューサーの長澤一史さんに聞いた。

あなたにオススメ

 ◇コロナ禍に描きたかった二つのこと

 「息をひそめて」は、映画「四月の永い夢」などで知られる中川龍太郎監督と、映画「そこのみにて光輝く」の脚本を手がけた高田亮さんによる全8本のオリジナル作品だ。コロナ禍に見舞われた2020年の多摩地域を舞台に、客足が激減した町の食堂の店主、宅配のアルバイトをする娘と父親、在宅勤務で24時間顔を突き合わせることになる夫婦など、何気ない日常を歩む人々に訪れた出来事を、4K映像と5.1chサラウンドで描いている。

 「四月の永い夢」のファンで、以前の取材をきっかけに同年代の中川監督と交流があったという中村さんは、昨年3月のコロナ禍によって「元々計画していた作品が影響を受けるのでは」と互いに落ち込んでいたと明かす。そこで、中川監督と制作プロダクション「SPOON.」の佐野大プロデューサーから提案があったことがきっかけでコロナ禍だからこそ気づけたことや、再発見できた人との繋がりをドラマ化することを考えたという。

 中村さんは、コロナ禍に描きたかったものが二つあったと明かす。一つは“今の町”をそのまま4K映像で美しく描き出すこと。そしてもう一つは、“心に刺さる言葉”で今の人々を描くことだった。「その二つを描けるのは中川監督しかいなかった」と明かす。

 コロナ禍を描いた作品は他にもあるが、現状を考えてスタジオでの撮影をメインにしているものが大半だ、しかし、本作のポイントとなったのが、多摩地域での撮影だった。実際の店舗などを借りて行われたが、「お店の方にご迷惑をかけないように、スタッフ一同丁寧にコミュニケーションを取りながら進めてもらいました」と語る。

 また、夏帆さん、村上虹郎さん、安達祐実さん、三浦貴大さん、瀧内公美さん、光石研さん、斎藤さんら実力派を起用したキャスティングは、“演じる役どころがうそにならない人”というコンセプトによるものだ。登場するのが“市井の人々”なだけに、役どころを違和感なく演じられる高い演技力が必要とされる。中村さんは、「お願いしたい方に演じてもらうことができた」と振り返る。

 ◇大作と異なる長所 配信ならではのメリットも

 中村さんの上司にあたる長澤さんは「今これをやることが意義深い」と考えたという。中川監督の作品ということに加え、本作がメインプロデューサーとしてのデビュー作に近い中村さんの熱意とスピード感に押されたといい「中村の作戦勝ちでしたね(笑い)」と明かす。

 中村さんは、1本25分弱と短く、見ている人に希望を与えるストーリーは配信サービス向けだったと話す。「スマートフォンで見られるので、帰り道や寝る前といった、生活に根付いたところで見られるし、繰り返し見ることができる。自分が落ち込んだり、つまずいてしまったと思ったときに、いつでも見られるのは配信サービスならではの良さですね」。

 日本テレビでシーズン1を放送し、「Hulu」でシーズン2を配信して人気を博した「君と世界が終わる日に(きみセカ)」。先日シーズン3の制作も発表されたいわゆる“大作”だが、長澤さんは大作のメリットとして「有料サービスを継続していただく上で、シーズンを重ねていける」点を挙げる。

 一方「息をひそめて」のような作品の良さについて、作家性の高さに起因した高いクオリティーとともに、ラインアップへの貢献があるという。「再生回数についても、『きみセカ』は瞬発力のあるコンテンツという認識だが、『息をひそめて』は長期的な視点で見ている」と話す。サービスを運用する上で、どちらのタイプも必要不可欠なコンテンツだといえるだろう。

 ◇“アンサングヒーロー”の物語

 中村さんは「コロナ禍でも、今絶対にエンタメは必要だと思っていましたが、それでも悩みながら進んだ」と振り返る。中止になった合唱コンクールで歌う予定だった歌を、合唱部員たちが多摩川の河川敷で合唱する最終話のクライマックスでは、作品の内容と自分たちの心情が相まって「立ち上がれなくなるほど、嗚咽(おえつ)するほど泣いたんです(笑い)」と照れながら明かす。

 「アンサングヒーロー(たたえられることのないヒーロー)というか、『実直に生きている人が主人公だよ』と、自分自身を褒めてあげられるような“人間賛歌”になっていると思います」と「息をひそめて」の魅力を語る中村さん。ラインアップの“メインイベンター”ではないかもしれないが、テーマの身近さと見終わった後に温かい気持ちになれる“読後感”の良さは、大作にはあまり見られない長所だろう。目立たない題材を丁寧に磨き上げたからこそ生まれた珠玉のストーリーはさらなる支持を集めそうだ。

 ◇プロフィル

 長澤一史 HJホールディングス常務取締役/チーフ・コンテンツ・オフィサー メジャー・スタジオや映画配給会社を経て2011年にHuluの日本におけるサービス立ち上げの準備のためにHuluに最初の日本人スタッフとして入社して以来一貫して日本におけるHuluのサービスに関わり、Huluのコンテンツ制作およびアクイジション全般を統括している。

 中村好佑 1990年生まれ。2016年、HJホールディングスに入社。Huluオリジナル「THE LIMIT」や4月23日から配信スタートする新ドラマ・Huluオリジナル「息をひそめて」のプロデューサーを務める。Hulu U35クリエイターズ・チャレンジの企画プロデューサーも担当。

写真を見る全 14 枚

テレビ 最新記事