マンガ質問状:「漫画訳 雨月物語」 「鈴木先生」作者が古典をマンガ訳 時空を超えたコラボ

武富健治さんの「漫画訳 雨月物語」のカバー
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武富健治さんの「漫画訳 雨月物語」のカバー

 話題のマンガの魅力を担当編集が語る「マンガ質問状」。今回は、「鈴木先生」などの武富健治さんが、上田秋成の古典をマンガ化した「漫画訳 雨月物語」です。PHP研究所エンターテインメント出版部編集2課の伊丹祐喜さんに作品の魅力を聞きました。

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 --この作品の魅力は?

 「雨月物語」というと、古典の授業や溝口健二さんの映画などでタイトルだけは知っているけれど内容はどんな話だっけ?という方は多いかと思います。9編の怪異幻想的なお話で構成された短編集です。改めて読んでみるとそれぞれの話が実にバラエティーに富んでいるんです。例えば「白峯」は保元の乱で政争に敗れ、その悔しさのあまり成仏できずに魔王となった崇徳天皇の霊を西行法師が慰めるという歴史伝奇(?)ものです。「菊花の約」は義兄弟の絆の深さを描いたある種の“BL”もの、「蛇性の婬(じゃせいのいん)」は蛇の化身と美男子の悲恋で“人外もの”ですし、「青頭巾」は“BL&カニバリズム”だったりと現代のマンガのモチーフとして魅力的なものばかりです。

 しかし、マンガにしにくいディスカッション(議論劇)場面の多い短編もあり、これまでのコミカライズの多くの場合は、議論シーンの多い短編はまるまるカットして、ストーリー的に面白味のあるものだけをピックアップしたり、ロジカルな部分はカットして、物語の筋だけを抽出して描き上げるのが通常でした。著者の武富先生は、「鈴木先生」という思想・議論マンガを描いた経験を生かし、こうした、マンガとして再現しにくい部分をも、むしろ魅力として生かし、原作を総合的に踏まえつつ、全9編をマンガとしても十二分に面白いものに仕上げようというコンセプトでコミカライズ=マンガ訳に挑戦されました。古典文学のコミカライズというジャンルにとって、画期的なものになったのではないかと思っています。

 --作品が生まれたきっかけは?

 あれは8年前……。遠い目(笑い)。弊社のコミックの部署が立ち上がって何かお仕事をお願いできないかと思いお会いした時です。雑談の中で武富先生が同人誌で描かれていた「蟲(むし)愛ずる姫君」(堤中納言物語)に話がおよび、「じゃあ古典のコミカライズで何か……『雨月物語』なんかどうでしょう?」「いいね! それ」みたいな話になり、ちょうど先生も原作ものを何作か並行してやれたらと、お考えだったようでスタートしました。

 が、「鈴木先生」のドラマ、映画や「惨殺半島赤目村」「ルームメイト」などの連載が2本はさまり、なかなか執筆の時間が取れない状況がありました。なおかつ、当初はもっと軽い感じで原作の「雨月物語」に取り組まれるはずだったのですが、原作の魅力にどっぷりと魅入られて……。時空を超えて上田秋成さんとコラボするかのようなやりとりが武富先生の中であったのではないでしょうか。

 上田秋成は「雨月物語」の初稿から推敲(すいこう)に8年かけたといわれていますが、まさに同じ時をかけてこのマンガ訳版が完成したのには何かただならぬものを感じます(笑い)。

 --編集の際、苦労した点、面白かったエピソードを教えてください。

 編集に関しては時空を超えたコラボを見守るのみで特に苦労はなかったのですが、どうしたらこの熱い作品世界の面白さを読者の手に届けられるのか?というのが課題でした。帯に旧来からの武富ファンであり、芸人&芥川賞作家の又吉直樹さんに最上級の推薦文をいただきました。又吉さんの言葉を信じてぜひ手に取っていただきたいです。

 あとがきでも武富先生自身が触れておられますが、執筆中に先生の頭髪が突然、抜け落ちてしまいました。作中には僧侶や僧形のキャラクターも多く登場しますので作品と作者のシンクロが極まった結果なのか? 何かただならぬものを感じます(笑い)。

 --今後の展開は?

 刊行を記念し、今月31日に野方区民ホール(東京都中野区)で、武富先生が登壇するイベントを昼夜2部制で開催します。武富先生も演出補佐やキャストの一人として参加する同作のアテレコライブや、トークショーが行われます。チケットは主催の音音コミックの公式サイトから予約購入が可能で、予約をした人には会場にて絵ハガキをプレゼント。また、単行本をお得に購入できるチケットセットでは、本に武富先生のサインを入れてもらえるほか、作品の制作風景やインタビューが収録されたDVDを渡します。

 --読者へ一言お願いします。

 「鈴木先生」「惨殺半島赤目村」「ルームメイト」に連なる文芸マンガ家・武富健治先生の総決算的な作品です。単なる古典のコミカライズではない、原作者・上田秋成が物語に込めたさまざまな熱をマンガで解放した稀有(けう)なコラボだと思います。うまく言い表せない、ただならぬ何かをぜひ手に取って味わってみてください!

 PHP研究所 エンターテインメント出版部 編集2課 伊丹祐喜

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