ドラゴンボールDAIMA
第11話 デンセツ
12月23日(月)放送分
中国の動画配信サービス「bilibili(ビリビリ)」で配信されたアニメ「天官賜福(てんかんしふく)」。待望の第2期「天官賜福 貮」日本語吹き替え版が、1月にTOKYO MXほかで放送をスタートした。同作は2017~18年にウェブで連載された墨香銅臭(モーシャントンシウ)さんの架空の古代中国を舞台としたファンタジー小説が原作。人々を救うことを夢見て天界へ飛昇し神官となるも、禁忌を犯して二度も天界から追放された謝憐(シエ・リェン)が、三度目の飛昇を果たした時、人間界で三郎(サンラン)と名乗る少年と出会うが、三郎の正体は、鬼界の王と恐れられ天界と敵対する鬼、花城(ホワチョン)だった……というストーリー。日本語吹き替え版で謝憐を演じる神谷浩史さん、花城/三郎を演じる福山潤さんに第2期の見どころや、作品の魅力、お互いの声優としての印象について聞いた。
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福山さん 僕は最終話がちょっとカルチャーショックでした。
福山さん 普通は第1期の最終話で、物語がまだ続くような状況だと、次へつなぐような最終話になることも多いと思うのですが、二人がただ話していて、ゆったりと過ごしている穏やかな時間にこんなに尺を割くの?という、その構成にとてもカルチャーショックを受けました。だから、僕は勝手な解釈として、第1期に関しては、三郎と謝憐の関係性を画(え)だけではなくて、“時間”も込みで視聴者に感じてもらおうとしている作品なんだなと。勇気ある、思い切った構成になっているなという印象でした。それが第2期になり、物語が動いていく中で維持されるのか、切り口を変えるのかな?と思っていたら、二人の時間を丁寧に描くということに関しては変わっていなかった。
神谷さん たしかに、潤が言ったように第1期は、二人の関係性を描くことに重きを置いているんですよね。ストーリー展開ももちろんありましたけれども、それと同等に二人の関係性を描いていて、実は最初は戸惑ったんです。もう少しバランスがあるんじゃないかな?と思っていたのですが、この作品がブロマンスというジャンルに値するのであれば、ブロマンスはそういうものであるのかもしれないと。それを理解した瞬間に「これをやっていることには意味があるんだ」と思いました。普段、アニメーションに関わっていて思うのですが、1クールかけてキャラクターの心情を描くことを大切にしてくれる作品が少なくなってきている気がします。だから、僕自身も「天官賜福」で二人の気持ちを丁寧に描いてくれるのはありがたいなと思いながら、第2期に臨んでいますね。
福山さん 三郎と花城は別の体なので、その違いをどう演じようかなと。第1期では、花城の状態で言ったせりふは少ないので、改めて第2期で提示した時に、やはり変化が付きすぎていたりとか、三郎だった頃の謝憐に対する接し方とは違ったりだとか、ちょっとした差異が出てきました。それを自分でも微調整しながら、ディレクションでもご指摘いただきながら、「ちょっと変わっているけど三郎のままなんだよ」というところに落ち着けられたらという。
神谷さん 僕は、謝憐としての目線でこの物語に携わっているので、実は花城と三郎の違いってよく分かっていないんですよ。明らかに見た目が違っていたり、潤の演じ方が変わっているシーンもあるのですが、謝憐目線で見ている限りは何が違うの?という感じではあると思うので、演技も第1期と全く変わらないアプローチです。というのも、謝憐は800年生きている人ですから、第1期から第2期の間が例えば1年だったとしても、800年中の1年って、本当に誤差だと思います。だから、そこで急激に何か彼が変わるのかといったら、僕は変わらないと思うんですよね。
福山さん 三郎に関しては、ワケが分からんところだと思います。第1期で謝憐はよく三郎を受け入れたなと思うんです。三郎は花城の仮の姿で、存在しない人ですから。それでも、共に時間を過ごして、信頼も得て、相手の懐に入ってしまう何かがあるんだろうなと。ただ、陰ながらではなく堂々と謝憐を守ったり、教え導いたりだとか、明らかに怪しい行動をとることもいとわない。かまってちゃんならぬ、“気づいてちゃん”なところは魅力かなと思います(笑い)。
神谷さん 謝憐はかわいそうな人だな、不器用な人だなという感じなんですよね。多分ものすごいポテンシャルを秘めていて、3回も天界に飛翔している。「飛翔する」という感覚が分かりにくいですが、人間として徳を積んだが故に天界に召されて、人間の立場を超えて特別な力を得た存在になることを恐らく「飛翔」と言うのですが、謝憐はいろいろな事情で、飛翔し、下界に落とされるということを3回繰り返している。そんな人って、恐らく天界にもいないんですよね。それ故に煙たがっている人もいるし、そのポテンシャルを理解していない人もいる。
神谷さん 彼の不幸なところは、生きているということだと思うんです。長生きしちゃっているが故に全てのことを受け止めてしまっているんです。過去800年のいろいろな出来事を抱えたまま生きている。そんな彼に対して、噂だけで誹謗(ひぼう)中傷してくる人がいたり、彼が関わった事象の一部分しか知らないが故に誤解していたりとか。謝憐は周囲の誤解を解こうともしないのでなすがままというか。言われるがままに自分の力を与えてしまうタイプで、哀れというか、不器用な生き方をしてしまっているなという印象です。でも、それがとても人間らしい。我々からすると、とても親しみやすい存在。神様としてまつられているような存在ではあるけれども、とても人間に近い存在として描かれているのが彼の魅力なんじゃないかなと思っています。
福山さん 謝憐は、どうかしているレベルで利己的なことをしない人、という印象です。外見に関しても、天界のほかの神官がきらびやかな衣装をまとっている中で、白い装束で、装飾を一切しない。剣を扱えるのに持たない。利他の精神はあるんでしょうけど、全部利他に振っているわけでもなくて、かといって諦めているわけでもない。力もあっていろいろな人を救えるのだろうけど、大それたことを考えていなくて、自分の目の届く範疇(はんちゅう)に絞ってやっていこうみたいな、ものすごくつじつまが合わない人なんですよね(笑い)。ただ、そこが花城目線で言うならば、「僕だけは彼のことを分かっている」とか、そういったものをかき立てるのではないかなと思います。
神谷さん 花城はずるいキャラクターですよね。猛烈に強い人なのに、その身分を隠して、ある意味貧乏神のような謝憐に対して、とても従順である。彼がとても強い力を得るきっかけになったのが謝憐でもあるので、その設定って、とてもよくできているんですよね。みんなが謝憐のことを誤解している中で、彼だけは味方である。何だよ、そのずるい設定と思ってしまう(笑い)。潤が言ったみたいに、謝憐自体はとてもアンバランスで変な存在なので、三郎(花城)がいることによってバランスを取ってもらえている。そこがとても魅力的に見えるんじゃないですかね。
福山さん (天界のトップである)君吾(ジュンウー)はみんなから信頼され、敬われていて、それにたがわぬ言動なんですよね。でも、天界の人々は結構上の身分にあるのに、“脳直”で話している人が多い印象です。
神谷さん みんな、俗物だよね(笑い)。
福山さん そうなんです。だから天界ってすごいところだなって。天界の住人も元々は人間だったというところで、日本は神を超絶なものとして扱うけど、そうではないという。天界の新キャラクターたちも、そのままの感情をもろに出していて、とにかくヘイトをまき散らすというか(笑い)。
神谷さん ろくな人がいないよね。誰にも感情移入できないので、「お前ら、何なんだ、俗物め」と思いながら見ています。みんな、謝憐の悪口言うんだもん。陰口をたたいたり。なんでこんなぼろかす言われなきゃいけないの、こんな人たちに? どんな徳を積んだの?と(笑い)。
神谷さん 第1期でもそうでしたが、三郎(花城)が登場した時の時間の進むのが遅いこと遅いこと。時が止まっているのかな?ぐらいの丁寧な描き方をするんですよね。三郎(花城)と会うと、途端に次元が……。
福山さん そうですね。ドラゴ○ボールのように(笑い)。
神谷さん そう、精神と時の部屋みたいになるので(笑い)。ちょっと演じる側も「おぉ……」と思うんですけど、そこも楽しみながらやっています。
福山さん 花城が出てくると時間の流れがゆっくりになるシーンが多いので、演じている側としてはとても面白い。第2話では、鬼界の賭場で謝憐と再会した花城がサイコロの振り方を手ほどきするすてきなシーンがあったのですが、このシーンも演じていて面白かったですね。
福山さん サイコロの振り方とか言いながら、花城は謝憐の手を触りたかっただけなんじゃないのかな(笑い)。周囲は、驚いてやんや言っているのに、二人だけの独特の時間が流れていて。
神谷さん ちょっと面白いよね。
福山さん 第2期は、僕と神谷さんは、別日に録(と)っているんですけど、一緒じゃなくてよかったなと思ったんですよ。前半戦の“花城タイム”は一緒に録っていると、いいバランスでできないかなと。
福山さん 賭場のシーンは、花城が城主としてドーンと椅子に座った状態で登場するので、僕は最初「血雨探花(けつうたんか、恐れられる花城の二つ名)です」というテンションで演じたんです。でも、「それは違う。花城は謝憐に対してしゃべっている」というディレクションをいただいたんです。要するに、花城には血雨探花というパブリックな立場もあるからそれも鑑みてしゃべろうという僕の最初のアプローチは、凡人の考えだったんです。花城はもうその段階にはいないんです。周りがどうであろうが、ここがどこであろうが関係なく、目の前にいるのが謝憐であれば、「兄さん」として接するということが一番気をつけるべきところなんですよね。
神谷さん 僕は変わらないです。謝憐からすると花城はもちろん特別な存在だとは思うのですが、それをアピールする必要はないので。僕が演じる上で気をつけているのは、あくまでフラットに接するということですね。そこに特別な感情をにじませない。というのも、潤が言ったように一緒に録っていると、ある程度噛み合ってきて、特別な感情をにじませてトゥーマッチになるのが怖いんです。あくまでフラットにやっておいて、それを見た方がどう感じ取るのかが大切なんです。謝憐は、周囲から負の感情をぶつけられることに慣れてはいるけれども、好意を持って接してくれる人に対しては「この人は優しくしてくれる。ありがたいな」という思いがあるはずなんです。そこで見ている人が「いや、その中でも花城と一緒にいる時はちょっと違うよね」と思わせてくれる何かが恐らく肝なんです。それは画のほうで十二分に表現してくれているので、声のお芝居で特別なものを付加する必要はないなと。そこはかなり気をつけています。
福山さん 神谷さんに限らず同世代としてくくるなら、いろいろな方々と同じ役を取り合うのは常なんです。それにもかかわらず、僕と神谷さんは、やっていることが根本的に違うというのが面白いなと。背格好は近くて、声は同じくクリアなタイプだけど、僕はマスクがかったタイプで、神谷さんはストレートに伸びていくタイプ。僕は本当は変化球を投げるタイプじゃないのに、なぜか変化球ばかり要求される虚像と実像のギャップが激しいタイプの声優なのに対して、神谷さんは演技のどこかにご本人の意志が入っているんじゃないかなと思わせてくれる人ですね。意図がどこかにちゃんと入っているんじゃなかろうか?と。それって結局、“なんちゃって”でやっていないということなんですよね。
神谷さん そういうふうに言ってもらえるのはありがたいなと思います。やはり、自分が役を任されている以上は「自分がやるからにはこうなります」というものは提案したいなと思うんです。「これは神谷浩史が一回触ったな」と分かる形跡がどこかにないと仕事をしている意味がないと思うので。そこに自分の意図みたいなものが入って、それを感じ取れる人がいるということですよね。それは自分が望んでいることだと思うので、潤の分析はありがたいなと思います。
神谷さん お互い全く売れていない頃から知っていますけど、潤はやっぱり“楽器”がほかの人と違っていた。まず優れた楽器を持っているんですよ。中高音の声質の声優の中でも特化した楽器を持っている人だったので、あっという間に売れて、びっくりするぐらいのところまでいつの間にか行っちゃったので。僕は、その潤の背中を見ていたタイプだったんです。それで、ようやく肩を並べて同じ作品をやれるようになって、「この人はどんな道を歩いてきたんだろうな?」と思ったら、しっかり自分の足で歩いてきた形跡が見える上に、常に努力を怠らないんですよね。研究と努力を怠らない。だから、よく分からないけど、いつの間にか体もマッチョになっていって。
福山さん (笑い)。
神谷さん 無限に声を出すに当たって、限界を少しずつ拡張していく作業を怠らなかった結果、こうなっていったと思う。常に自分に対して課題を作って、それを越えていった先にあるパフォーマンスを追求している人ですよね。それ故に信用できる。それに潤は、僕と違うところを見ているんです。「この作品を面白くしたい」という同じベクトルではあるのですが、その中でも僕と注目するところが違う。例えば、僕がアイデアAを出したら、潤は全く違うアイデアBを出すんです。その結果、折衷案でアイデアCが生まれたり、「確かにそっちのほうが面白い、Bにしよう」ということもあったりする。僕と違う視点を持っている人はいっぱいいるけれども、それを主張した上で、ちゃんと理由がある。そういうことができる人って、なかなかいないんですよね。だから、この業界において重宝される理由はすごく分かります。
福山さん 僕はほかの人の視点が分からないので。例えば収録中に先輩と後輩を見ていて、「なぜその切り口になったんだろう?」と考える。収録中に答えを見せてくれるのが先輩だとしたら、見えないまま終わってしまう後輩もいる。後輩が腑(ふ)に落ちない顔をしているんだったら「何を目指していた?」と聞いてみたり。自分の中で違和感が常にある状態がベストなんですよ。ほおっておいても違和感がないようになっちゃったら、もうおしまいだなと思うので、自分だけのことは考えない。自分が成り立つためには、周りが成り立っていないとだめなので、そこはアニメーションや吹き替えに関わる時はとても気にするところですね。だから、自分のこと以上に人のことが気になるんです。もう一つ、現場で気にしているのは「大多数に入らない」ということ。大多数が是になると、気付けなくなることがあるので。大多数と同じことはやるけど、そこに入っていない人がどこかに必ずいないと、画一化になってしまう。
神谷さん これはとても面白い話ですよ。別作品の話にはなりますが、僕と潤が共演している「おそ松さん」は6兄弟が登場しますが、潤が演じているキャラとそれ以外の5対1になるんですよ。「むちゃくちゃだな、こいつ」と思うのですが、それがあのキャラクターの個性になっていくわけですよね。さらに、これが5対1じゃなくて、急に6に固まる瞬間があるんです。そうすると、「あいつ、急に心開いた!」みたいになる。そこも作品のフックになったんですよね。そういうところも含めて、潤は作品を作っていく上での一つの原動力、キャラクターをより深くしていく原動力になっているんですよね。「この人はこの人にしかできないことやっている」と思うから「天官賜福」でも、とりあえず中庸に球を投げておけば返してくれるだろうと。今は別々に録っていますが、「潤なら大丈夫だろう」という安心感がある。
福山さん 僕も、言い方があれかもしれませんが、収録がラクです。「ここはこういう意図でこう演じています」という説明が半分以下で済むんですよ。お互い「なんかやりづらいよね」というところがあったら、絶対ダメなところが何かあるんですよ。そういう部分を神谷さんは恐らく察してくれるし、こちらも伝えられる。
お互いの信頼関係から生まれる謝憐と花城の掛け合いだからこそ、見る者の心を引きつけてやまないのかもしれない。「天官賜福」第2期は、二人の関係も動いていく。その行く末をじっくりと見守りたい。
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