羅小黒戦記:今見逃せない“もうひとつの無限” ファンが導いたヒットへの道

異例のロングランを生んだ裏側には、“2段階の驚き”による、鑑賞者からの反響や熱心な“布教”があったのだと思います
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異例のロングランを生んだ裏側には、“2段階の驚き”による、鑑賞者からの反響や熱心な“布教”があったのだと思います

 興行収入が259億円を突破し、歴代興行収入ランキングで「君の名は。」「アナと雪の女王」を超えて歴代3位に達するなどヒット街道をひた走る「劇場版『鬼滅の刃(きめつのやいば)』無限列車編」。一方、中国発の劇場版アニメ「羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)」も注目を集めている。単館公開作品として1年ものロングランを記録するほどの好評を得て、「鬼滅の刃」と同じアニプレックスの手で日本語吹き替え版「羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来」が制作されるなど、異例の経緯をたどっている。両作品に詳しいアニメコラムニストの小新井涼さんが独自の視点で分析する。

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 映画ランキングのトップ10中7作品をアニメ映画が占める週があるなど、今月はアニメ映画が大変好調でした。その筆頭となっていたのはもちろん、「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」でしたが、それとはまた別の“無限”が活躍する映画が、密かにこのアニメ映画全体の盛り上がりに貢献していたのをご存知でしょうか。中国のアニメ映画「羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)ぼくが選ぶ未来」です。

 登場人物の一人に「無限(ムゲン)」というキャラが出てくるこの作品は、“中国アニメ映画”というなかなかなじみのないジャンルでありながらも、昨年公開された字幕版が約1年のロングランを記録し、今回満を持して日本語吹き替え版が製作・公開されたという経緯を持っています。本作が、こうした日本語吹替版公開に至るまでの異例のロングランを生んだ理由は、一体どこにあったのでしょうか。

 ポイントとなったのは、本作字幕版を鑑賞した観客が抱いた“2段階の驚き”だと思います。

 皆さんは“中国のアニメ映画”と聞いて、まずはどんな印象を抱くでしょうか。恐らく好きか嫌いか、面白そうか、面白くなさそうか以前に、“未知のジャンルすぎてよく分からない”というのが正直な感想だと思います。

 ところが本作はふたを開けてみると、魅力的なキャラクター、彼らのやりとりや細かな所作、美しい背景、目が回るほどのアクション、多少の文化的な違いはあれどちゃんと理解しのめり込める物語など……。未知のジャンルへの不安を吹き飛ばすほど、日本のアニメファンにすっと馴染み、驚くほど楽しめる作品だったのです。

 ここでの“驚き”は、例えるなら「全く絵の知識がないまま絵画展に連れていかれたのに、出てくるころには“もう1回周りたい!”と思っていた」とでもいうような感覚に近いのかもしれません。鑑賞前はどんなものか全く予想がつかなかったからこそ、果たして楽しめるのかという不安が完全に覆され、自分でも信じられないほど満喫できたことで、その驚き交じりの感動を味わった多くの観客たちは、より一層本作に心を奪われたのだと思います。

 字幕版上映時に観客が感じたもう一つの“驚き”は、そんな魅力的な作品が、あまり人々に知られないまま終わってしまうかもしれないことへの驚きです。

 実は本作は、当初国内たった1館での、10日間限定上映で終わる予定の作品でした。それが、実際に鑑賞した人がまずはその予想外の面白さに驚き、さらにそんな作品がたった10日間しか見られない事実に驚いて、すぐさま口コミで評判を広げ、限定公開中に、最終日までチケットが完売するという事態を引き起こしたのです。

 ここでの人々の“驚き”には、「あまりにももったいない」という戸惑いと焦りも多分に含まれていたと思います。そうした気持ちが、せめて少しでも多くの人にこの作品を見てもらいたいと、再鑑賞や“布教”をする原動力となり、結果として上映期間の延長・上映館の拡大、そして最終的に約1年というロングランへと繋がっていったのでしょう。本作が異例のロングランを生んだ裏側には、こうした“2段階の驚き”による、鑑賞者からの反響や熱心な“布教”があったのだと思います。

 そうして一部のアニメファンや業界関係者内で徐々に話題となっていった本作は、ついにはアニプレックス制作担当者を実際に動かし、こうして日本語吹き替え版が製作されるまでに至りました。

 このような本作の盛り上がり方は、「君の名は。」や「鬼滅の刃」のようなマスによる爆発的なものというよりも、見た人が他の人を強く勧誘して徐々に広まった「KING OF PRISM」シリーズや「プロメア」などに近いと思います。ブロックバスターによる網羅的な広がりではなく、こうした「とにかく見て!見ればわかる!」という観客の熱が伝わり、局地的だけど熱い盛り上がりを生み出すのは、近年増えるアニメ映画のヒットのトレンドの一つです。

 「鬼滅」のメガヒットに隠れがちではありますが、今月興行収入19億円を越えた「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン」のような注目作品や、この「羅小黒戦記」のような、ファンの“驚き”によって熱気が徐々に広がるアニメ映画も変わらず存在し、アニメファンが(感染対策を十分に行いながら)コンスタントに映画館に足を運ぶ環境ができていたことも、今月アニメ映画全体が活気づいていた一因だったのでしょう。

 ◇プロフィル

 こあらい・りょう 埼玉県生まれ、明治大学情報コミュニケーション学部卒。明治大学大学院情報コミュニケーション研究科で、修士論文「ネットワークとしての〈アニメ〉」で修士学位を取得。ニコニコ生放送「岩崎夏海のハックルテレビ」などに出演する傍ら、毎週約100本(再放送含む)の全アニメを視聴して、全番組の感想をブログに掲載する活動を約5年前から継続中。「埼玉県アニメの聖地化プロジェクト会議」のアドバイザーなども務めており、現在は北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士課程に在籍し、学術的な観点からアニメについて考察、研究している。

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