ビッグに聞く:第1回 藤子不二雄(A) 喪黒福造の「ドーン!!!」のモデルは?

連載企画「ビッグに聞く」に登場した藤子不二雄(A)さん
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連載企画「ビッグに聞く」に登場した藤子不二雄(A)さん

 2018年に創刊50周年を迎える小学館のマンガ誌「ビッグコミック」の関係者に名作が生まれた裏側や同誌について聞く連載企画「ビッグに聞く」。第1回は創刊年に「黒イせぇるすまん」(後の「笑ゥせぇるすまん」)を発表した藤子不二雄(A)さんが登場。同作の誕生秘話を聞いた。

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 ◇ブラックユーモアが転機に

 「ビッグコミック」が誕生した1968年は、マンガ誌「週刊少年サンデー」(小学館)や「週刊少年マガジン」(講談社)の創刊から約9年がたち、少年マンガの読者が成長し、大人になってきた時期だった。そのころ、藤子不二雄(A)さんは「忍者ハットリくん」「怪物くん」などをヒット作を生んだものの「子供向けのマンガを描き続けることができるのか?」と悩んでいたという。

 「パートナーだった藤本氏(藤子・F・不二雄さん)は、いつまでも童心を持っている人で、いくつになっても『ドラえもん』を描けた。僕は藤本氏のマネジャーになるしかないのか……と悩んでいた時期です。そんなときに『ビッグコミック』の創刊時の編集長から『描かないか?』と話があった」と振り返る。

 「ビッグコミック」は大人向けのマンガ誌として創刊した。藤子不二雄(A)さんが、大人向けのマンガを描く際に注目したのがブラックユーモアだった。「スタンリイ・エリンやロアルド・ダールなどブラックユーモアというジャンルがあり、僕は昔から好きでね。その路線でマンガを描いたら面白いのでは?」と考え、「黒イせぇるすまん」(後の『笑ゥせぇるすまん』)が生まれた。

 同作は、マンガ家人生の転機にもなったといい「それまでは純真なマンガを描いていたけど、自分の中にはブラックユーモアもあった。意外に反響があって、この路線がいける!と思い、転身したんですよ」と話す。

 ◇経験から生まれるマンガ

 「笑ゥせぇるすまん」はテレビアニメ化もされ、喪黒福造は人気キャラクターになった。藤子不二雄(A)さんは、喪黒福造のモデルは「(大橋)巨泉氏と友達でね。ゴルフをやったり、飲んでいたりした。あの顔は使えるなあ……と思っていて、使わせてもらいました」と明かす。

 喪黒福造といえば、客に対して指さす「ドーン!!!」というポーズも有名だ。「小学生からの同級生でマージャン友だちがいまして、上がるときに指を差して『ドーン!』とやっていましてね。こっちは息が止まりそうになる。ネタになるな……と思っていた」とモデルになった人物がいることを明かした。

 「笑ゥせぇるすまん」で喪黒福造は、客の願望をかなえる。「僕は恥ずかしがり屋で気弱な少年だった。いじめもありました。誰かの助けがほしいと思っていた」という経験が生かされているという。喪黒福造の客が約束を破ったり、忠告を無視するとひどい目に遭ってしまうが、「助けに来た人がいても、1回だけ力を借りるのはいいけど、2回目も借りると、とんでもないことになるかもしれない。そんな想像を膨らませたんです」と話す。

 「笑ゥせぇるすまん」を含めて藤子不二雄(A)さんの作品は、自身の経験、出会った人々がアイデアの源となることも多い。「人間が好きで、いろいろな人と接するのが楽しい。イヤな人とつるむのも勉強になる。人生や人間を面白がる。いろいろな人と付き合わないと成長しないと思うんですよね」という思いを込めている。

 「昔は、他の人のマンガを読むと、負けた……これは描けない……と思うので読まなかった。でも、今は面白いと思うものを読むようにしています。僕が想像できないような作品も生まれていて、楽しいですね。それぞれの作家の個性があり、いろいろなジャンルもあって、マンガの表現の幅が広がっている」と語る藤子不二雄(A)さん。“ビッグ”だからこそ見える“まんが道”があるのかもしれない。

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